近年、共感性や誠実さが低く、自己中心的で適切な対人関係の構築に問題を抱えやすい人たちが共通して持つ個人特性として、Dark Triad(ダーク・トライアド)という概念が心理学関連学問領域で注目されています。
Dark(ダーク)とは、「闇の」「暗黒の」「邪(よこしま)な」「邪悪な」といったネガティブな意味合いの形容詞で、Triad(トライドア)は「3つ組」を意味する名詞です。このDarkとTriadを組み合わせて、心理学領域では、協調性や誠実さ、共感性を欠き、他者の利益をないがしろにして自分の利益を追求するような3つのダークな心理特性、具体的には、マキャベリアニズム、自己愛傾向、サイコパシーの3特性の総称としてDark Triadという概念が定着しています。
本ブログの前回記事では、某中核市長の精神構造を理解するための基礎情報として、嘘つきを症状として呈する12の疾患を取り上げましたが、今回はその続編的に、Dark Triadという概念を紹介します。日本語では、「闇の3属性」「邪悪な3気質」といた訳が付けられていたりしますが、オーソライズされた訳語が存在しないため、本稿ではDark Triadという英単語で表記します。
なお、インターネット上で個人が執筆している心理学関係のブログ記事では、学術用語の誤用やデタラメな記載が目立ちます。Dark Triadについても、執筆者の思い込みなのか本来の概念から大きく逸脱した誤った説明がなされていることがあるので、要注意です。この点、本稿は学術論文における記載を踏まえ、クオリティの維持を図っていることを申し添えます。
マキャベリアニズム(Machiavellianism)
16世紀初頭のイタリアの政治思想家ニッコロ・マキャベリは、『君主論』という有名な著書の中で、君主たる者が心得るべきこととして、時に残酷で、非倫理的な行為も必要であるとし、理想や理念よりも現実的な利益を優先し、目的達成のためには手段を選ばないことを挙げています。
信奉者を巧みに操る過激派グループのリーダーに特徴的な特性に注目して研究を行っていたクリスティーとガイスは1970年の論文で、他者を巧みに操作するリーダーの特徴として、(1)対人関係における感情の欠落、(2)慣習的な道徳観の欠如、(3)全般的な精神病理の欠如、(4)イデオロギー上の傾倒の低さ、といった共通の特性があることを指摘しました。そして、これらの心理特性は、マキャベリの著者の中に首尾一貫した記述が見られるとして、このような心理特性の測定尺度を提唱し「マキャベリアニズム」と命名しました。
マキャベリアニズムの特性としては、他者を戦略的に操作(利用)することや、他者操作する際の情動的浅薄さ、道理よりも便宜(自己利益)を優先するシニカルな道徳観、達成欲求などが含まれています。
自己愛傾向(Narcissism)
自己愛は、古くから精神分析理論の中で取りあげられてきた心理的機能の 1 つですが、ギリシャ神話に出てくる美少年・ナルキッソス(ナルキス)が池に映る自分の美しさに見とれて溺れ死んでしまったことに由来します。
自己愛傾向の特徴としては、自己への過度な陶酔、誇大的空想、特権意識、自己顕示欲(他者からの注目や賞賛の追求)、自己中心性、権力・美への欲求などが挙げられます。
初期の研究では、過度な自己陶酔のみられる精神病理としての自己愛性パーソナリティ障害が注目されてきましたが、健常者の中でも自己愛的な特性が認められることから、最近では自己愛はパーソナリティ特性の1つとされています。
サイコパシー(psychopathy)
サイコパシーという用語は、「サイコパス」として反社会的に関わる全般的な障害を指す曖昧模糊な用語として扱われてきた歴史がありますが、クレックレーは著書『The Mask of Sanity』において、表面的魅力や情動の浅薄さなど、その特徴をさまざまな症例をもとに定式化し概念整理を行ってきました。
サイコパシーの特徴としては、表面的な魅力、冷淡、良心の呵責の欠如、無責任、衝動性、情動の乏しさ、自分の行動が他人に及ぼす影響を考慮することができないこと、などが挙げられています。
教育心理学者の宮川充司氏は、このような特性を持つ人の厄介さを次のように指摘しています。
もっとも厄介なのは,巧みに偽装し立派な人物に見せかけるので,素人目にはほとんどその本当の正体が気づかれないことである。
しかも貪欲で自分本位に,そっと忍び寄り,餌を食いあさり,他人を傷つけ,他人のものを何でも奪っていく。他者は皆,餌か道具である。
善良で親切な人ほど,格好の餌食にされやすく,親切に関わろうとすると返ってひどい目に遭いやすい。
対人的共感性と良心や罪悪感といったものを欠いている。
自分の操作により他者が傷つき,苦しんだり悲しんだりするものなら,それは自分の有能さと捉え,なお一層の優越感や支配欲の満足感・自己陶酔感が得られる。
また,そうした他者の権利や所有物の侵害も,巧妙に仕掛けられているので相手に相当な被害を与えている場合でも,被害者にさえ気づかれない場合も少なくない。
Dark Triadという概念について
ここまで、マキャベリアニズム、自己愛傾向、サイコパシーの 3 特性について簡単に紹介してきましたが、これら3特性は、それぞれ異なった学術的背景を持ちますが、いずれも利己的で冷淡、かつ他者を自分の思い通りに操ったり、虚言の傾向性があるなど共通する部分があり、人間の「ダークさ」な部分を具現化したような特性です。
常連読者の皆さんであれば、ここまでお読みいただいて、この3つの特性を強く合わせ持つような人物として、某中核市長のことがすぐに頭に浮かぶのではないでしょうか。
パウルスとウイリアムスは2002年の論文で、攻撃であるが病的とまでは言えない「ダークな」3特性の構成要素について検討し、これら3特性の総称として「Dark Triad」という概念を提唱したのです。
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0092656602005056?via%3Dihub
以後、心理学の諸領域で「Dark Triad」に関する研究が活発化していきました。当初は、Dark Triadの測定・評価にあたっては、マキャベリアニズム、自己愛傾向、サイコパシーの3特性を個別の尺度で測定し、それらを合算、もしくは平均した値で総合評価が行われてきました。しかしながら、この方法では、項目数が多くなるため、評価者に疲労やストレスを与え、回答の欠損や誤答につながりやすいといった問題点がありました。
このような問題を解決するために、12項目からなるDark Triad Dirty Dozen (DTDD)や、27項目からなるShort Dark Triad (SD-3)など、簡便かつ包括的にDark Triadを測定・評価する方法が開発されていきました。そして、その後の研究により、Dark Triadの3特性の共通性や相違点、神経生理学的機序などの知見が蓄積され、3特性を個別の特性として並列的に捉えるのではなく、それらを包括した総合的な概念として捉えることが妥当であると見なされるようになりました。
なお、エリン・バケルスらは2013年の論文で、マキャベリアニズム、自己愛傾向、サイコパシーの3特性に「日常的サディズム」を加えたダークな4特性として、Dark Tetrad(ダーク・テトラド)という概念を提唱しています。ただし、アカデミアではあまり普及していません。
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0956797613490749
Dark Triad の 3 特性の共通性と相違点
Dark Triadを構成するマキャベリアニズム、自己愛傾向、サイコパシーの3特性はいずれも、誠実さや謙虚さ、協調性・共感性が低く、利己的で冷淡、かつ他者を自分の思い通りに操ろうとする傾向にあるという点で共通します。他者を操作しようとして、しばしば虚言行動を取るという傾向があることも、3特性で共通することが明らかとなっています。
3特性の相違点についても研究されてきました。イソップ物語のアリ(長期的な観点に基づいて行動)とキリギリス(短期的な観点に基づいて行動)のたとえで、マキャベリアニズムの人は、長期的な視点に基づいて戦略的に対応する傾向が強いとされています。それに対し、自己愛傾向やサイコパシーの人は、対人搾取的特徴があり、衝動的で短期的な観点での行動が目立つとされています。
また、何を希求するのかという観点からは、自己愛傾向の強い人は、誇大な自己という理想を追い求めるのに対し、マキャベリアニズムやサイコパシーの人は、金銭、名誉等の現実的な利益を求める傾向にあるという相違点が指摘されています。
さらに、虚言行動に関しては、サイコパシーの人は、リスクのある状況下においても衝動的かつ近視眼的に利己的な嘘をつくこと、マキャベリアニズムの人は、リスクは回避し、戦略的かつ慎重に利己的な嘘をつくこと、自己愛傾向の人は現実場面において意図的というよりも自己欺瞞的に嘘行動をする傾向にあることが確認されています。
おわりに
これらの知見をまとめると、
・マキャベリアニズムは戦略的かつ慎重に自分の利益を求め、その過程で他者に不利益を被るようなことがあってもそれを顧みずに利己的に行動する
・自己愛傾向はリスクを考慮に入れながらも誇大な自己を維持するため、他者の迷惑を顧みずに自身の誇大性を強引に誇示し、時に自己欺瞞的な行動をとる傾向
・サイコパシーは目先の利益を得るために近視眼的・衝動的に行動し、リスクを顧みずに他者を欺いたり、他者を搾取・利用する
という特徴があります。
これらは、これまでの研究で導かれた典型的な特性ですが、実際の心理特性は個人差が大きいことに留意が必要です。というのも、ひとりの個人が、マキャベリアニズム、自己愛傾向、サイコパシーの3特性を併せ持つ場合もあり、それぞれの特性の程度や強さは個人差が大きく、実際には、多彩で複雑な心理・行動特性を示すからです。
私たちの見立てでは、某中核市長はこの3特性を重複してお持ちであり、状況や対象等に応じて、マキャベリアニズムの特性が強く表出されるときがあれば、別の場面では自己愛傾向が際立ったり、時にはサイコパシーが目立つことがあるように感じられます。
参考までに、Dark Triadの2つの代表的な尺度であるDTDDとDT-3の日本語版を紹介しておきます。読者の皆さんも、暇なときに試してみてはいかがでしょうか。
日本語版Dark Triad Dirty Dozen (DTDD-J)
以下の12の設問に自答し、それぞれ、以下の点数をつけていく。
1点:全く当てはまらない
2点:あまり当てはまらない
3点:どちらとも言えない
4点:やや当てはまる
5点:非常に当てはまる
<12の設問>
1.私には他の人を操っても自分の思い通りにするところがある
2.私は、あまり自分のあやまちを認めることがない
3.私は、他の人から立派な人物だと思われたいほうだ
4.私には他の人をだましたり嘘をついても自分の思い通りにするところがある
5.私は、自分の行動の善悪にはあまり関心がない
6.私は、他の人から注目してほしいと思いがちだ
7.私には他の人にお世辞を言っても自分の思い通りにするところがある
8.私は、どちらかというと冷淡で人の気持ちを気にしない
9.私は、高い身分や名声を手に入れたいと思いがちだ
10.私には自分の目的のために他の人を利用するところがある
11.私は、どちらかというと疑い深くひねくれた人間である
12.私は、他の人からの特別な好意を期待しがちだ
<採点ルール>
・マキャベリアニズム特性の尺度
問1、4,7、10の各点数を合計し、4で割る
・自己愛傾向特性の尺度
問3、6、9、12の各点数を合計し、4で割る
・サイコパシー特性の尺度
問2、5、8、11の各点数を合計し、4で割る
<平均点>
田村紋女氏らの論文で示された大学生246人の平均点は以下のとおり
(括弧)内は、下司忠太氏らの論文で示された大学生357人の平均
マキャベリアニズム特性…2.67点(2.83点)
自己愛傾向 …3.33点(3.07点)
サイコパシー特性 …2.53点(2.72点)
日本語版Short Dark Triad(SD3-J)
以下の27の設問に自答し、それぞれ、以下の点数をつけていく。
1点:全く当てはまらない
2点:あまり当てはまらない
3点:どちらとも言えない
4点:やや当てはまる
5点:非常に当てはまる
<27の設問>
1.他の誰かに自分の秘密を教えないということは賢明なことだ
2.自分の思い通りになるように、賢く周りの人々を扱いたい
3.とにかく、重要な人物は自分の味方に付けておいたほうが良い
4.将来その人が自分の役に立つかもしれないので、人との直接の争いは避けるようにしている
5.後になって誰かに対して利用できるような情報に目を配っておくことは賢明なことだ
6.誰かに復讐するなら、それに最適な時が来るまでじっと待つべきだ
7.自分の良い評判を守るために、他の人に秘密にしなければならないことがある
8.自分の計画が、他の誰かの利益ではなく自分の利益になるように取り計らっている
9.ほとんどの人々は簡単に踊らされたり、操られたりしてしまうものだ
10.周りに人は私を生まれながらのリーダーだと思っている
11.私は注目の的になることが嫌いだ
12.私なしではグループの多くの活動が滞ってしまう
13.周りの人がそう言っているので私は特別な人間なのだと思う
14.私は地位の高い重要な人物と親しくなるのを好んでいる
15.私は褒められると恥ずかしくなってしまう
16.私はこれまでに著名な人物にたとえられたことがある
17.私は平均的でたいしたことのない人間だ
18.私は自分が受けるに値する尊敬を集めるべき人間だ
19.私は目上の人に仕返しや報復をしたいと思うことがある
20.私は物騒な状況に飛び込むようなことはしない
21.報復は、即座に、冷酷に行うものだ
22.私は他人からよく手に負えないと言われる
23.私は他人につらく当たっても平気だというのが実際のところだ
24.私をからかう者はいつまでもその行為を後悔することになる
25.私は人に迷惑をかけるような問題を起こしていない
26.私は後先考えずに、ほとんど知らない異性と関係を持つのを楽しむことがある
27.私は誰に何を言ってでも、欲しいものを手に入れる
<採点ルール>
・問1~9:マキャベリアニズム特性の尺度です
9つの問の各点数を合計し、9で割る
・問10~18:自己愛傾向特性の尺度です
9つの問の各点数を合計し、9で割る
ただし、問11、15、17については、逆さまの点で計算する
(例えば、5点だと1点、2点だと4点として計算)
・問19~27:自己愛傾向特性の尺度です
9つの問の各点数を合計、9で割る
ただし、問20、25については、逆さまの点で計算する。
(例えば、1点だと5点、4点だと2点として計算)
<平均点>
下司忠太氏らの論文で示された大学生456人の平均点は以下のとおり
マキャベリアニズム特性…3.35点
自己愛傾向 …2.27点
サイコパシー特性 …2.43点
【容易に入手可能な参考文献】
田村紋女、小塩真司、 田中圭介、増井啓太、ジョナソン ピーターカール
「日本語版Dark Triad Dirty Dozen (DTDD-J) 作成の試み」
パーソナリティ研究 2015年24巻1号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/24/1/24_26/_pdf/-char/ja
下司忠大、小塩真司
「日本語版Short Dark Triad(SD3-J)の作成」
パーソナリティ研究 2017年26巻1号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/26/1/26_26.1.2/_pdf/-char/ja
増井啓太、浦光博
「「ダークな」人たちの適応戦略」
心理学論評 2018年61巻3号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/61/3/61_330/_pdf/-char/ja
下司忠大、小塩真司
「Dark Triadと他者操作方略との関連」
パーソナリティ研究 2019年28巻2号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/28/2/28_28.2.3/_pdf/-char/ja